目的地に急がない旅があってもいい。移動の効率や最短距離ではなく、途中で立ち止まることや、遠回りする時間そのものを楽しむ。etSETOraは、そんな旅のあり方を正面から肯定する観光列車だ。
列車名の「etSETOra(エトセトラ)」は、ラテン語の「etcetera」に由来し、「その他いろいろ」といった意味を持つ。それに加えて、この名前には、広島弁の「えっと」──「たくさん」「多くの」という意味も重ねられている。この列車で、瀬戸内に点在する数多くの魅力に触れてほしい。そんな思いが、この名前には込められている。
観光列車でありながら、etSETOraは「どこへ連れていくか」よりも、「どう過ごすか」に重きを置く列車だ。列車の中で過ごす時間そのものに、どんな価値を持たせられるのか。そんな問いから、この列車の構想は始まっている。旅を消費するのではなく、旅を自分なりのリズムで組み立てていく。そのための余白が、この列車には用意されている。
外観は、瀬戸内の海を思わせる「青」と、海岸線に寄せる波の「白」を基調としたデザイン。穏やかな色合いが沿線の風景に自然と溶け込み、これから始まる「寄り道の旅」を静かに引き立てている。
etSETOraは2両編成の列車だ。車内に足を踏み入れると、フロア床の意匠が車両ごとに異なることに気づく。1号車は、宮島の千畳閣をイメージしたデザインで、落ち着いた秋の宮島を思わせる佇まい。2号車は、尾道の石畳をモチーフに、瀬戸内の山々に広がる新緑の気配を表現している。車内にいながら、すでに瀬戸内の風景へと気持ちが導かれていく。
etSETOraが走るのは、広島駅から呉線を経由し、三原、尾道、福山方面へと続くルート。沿線には瀬戸内海が広がり、区間によっては、列車と海の距離が驚くほど近づく。なかでも忠海駅を過ぎたあたりは、この列車を象徴するビュースポットだ。窓のすぐ向こうに穏やかな海が広がり、視界に遮るものがほとんどない。まるで海の上を走っているかのように感じる瞬間が、静かに訪れる。
この区間では、景色を「眺める」というより、「浸る」という感覚に近い。何かを見逃しても構わないし、ずっと窓の外を見続けなくてもいい。etSETOraの旅は、集中することを求めない。その緩やかさが、瀬戸内という土地の空気と自然に重なっていく。

宮島の千畳閣をモチーフにした、1号車の落ち着いた室内

尾道の石畳をイメージした、2号車のフロアデザイン

窓のすぐ向こうに広がる瀬戸内海。海とともに走る呉線のひととき
etSETOraの車内は、移動のための空間というよりも、滞在のための場所として設えられている。座席配置や内装には余裕があり、視線は自然と外へ、あるいは手元へと向かう。
車内で楽しめるものの一つが、事前予約で購入できるスイーツセット「瀬戸の小箱」だ。往路・復路のどちらにも用意されているが、その内容はそれぞれ異なり、時間帯や旅の流れに合わせた構成となっている。箱を開けるタイミングも、味わう順番も決められていない。海を眺めながら少しずつ楽しんでもいいし、会話の合間に手を伸ばしてもいい。etSETOraの車内には、「正解の過ごし方」は用意されていない。
復路の車内では、雰囲気が少し変わる。バーカウンターが設けられ、沿線の酒蔵による日本酒をはじめ、酒どころ広島ならではの多彩な酒と、それに合わせたおつまみが並ぶ。移動の終盤に訪れるこの時間は、旅を振り返りながら余韻に浸るためのものとして用意されている。本格的なバー空間で、午後の光に包まれながら過ごす時間は、往路とは異なる落ち着いた余韻をもたらしてくれる。
そのほかの車内販売では、沿線の事業者による菓子やおつまみ、ソフトドリンク、そしてetSETOraのオリジナルグッズなどが並ぶ。土地の気配を、さりげなく持ち帰るための選択肢も用意されている。
なかでも、数量限定で車内販売される「SETO Blue Coffee」は、この列車ならではの一杯だ。瀬戸内の青い海をイメージしたコーヒーは、海と列車の距離が近づく区間では、窓の外に広がる景色と自然に重なっていく。目に映る青と、手元の青。その静かな響き合いが、旅の時間をより印象深いものにしてくれる。
同じ路線、同じ車内でありながら、行きと帰りで過ごし方が変わる。その違いを楽しむこともまた、etSETOraの旅の一部なのだ。

旅の中で味わえる美味しさ、和と洋のスイーツセット「瀬戸の小箱」

沿線の酒蔵による日本酒など、瀬戸内の味わいが並ぶ車内バー

瀬戸内の青い海をイメージした「SETO Blue Coffee」
etSETOraの往路の旅では、停車時間そのものも大切に設計されている。安芸津駅では7分、竹原駅では5分。短すぎず、長すぎないその時間は、ホームに降りて写真を撮ったり、列車を外から眺めたりするにはちょうどいい。
この停車時間は、車内にひと息つく間を生む。アテンダントと乗客の会話が生まれ、記念写真を撮る声が交わされる。移動と移動のあいだに、ほんの少し立ち止まる。その感覚が、旅のリズムを整えてくれる。
2025年、etSETOraは運行開始から5周年を迎えた。その節目に合わせ、車内アテンダントの制服も刷新された。ホワイトとネイビーを基調とした新しい装いは、瀬戸内の景色に自然と溶け込み、過度な演出に頼らない上質さを感じさせる。停車中にホームで交わされる何気ないやり取りの中で、その変化に気づく人もいるだろう。
列車が再び走り出すまでの、わずかな時間。その一瞬もまた、etSETOraの旅を形づくる大切な要素となっている。
etSETOraは、乗り方を一つに定めない列車だ。呉、竹原、三原、尾道。それぞれの町を目的に、途中で降りる人もいれば、途中からこの列車に乗り込んでくる人もいる。福山まで延伸したことで、新幹線との接続も生まれ、区間ごとに楽しむ使われ方がより自然に根づいてきた。
忠海で降りて、うさぎ島へ向かう人。竹原や尾道で町歩きを楽しみ、別の列車で先へ進む人。あるいは、途中駅から乗り、瀬戸内の景色と車内の時間を味わう人もいる。
どこから乗り、どこで降りるか。その選択は人それぞれだ。あらかじめ行き先を決めて旅を組み立てる人もいれば、立ち寄り方や過ごし方に余白を残す人もいる。etSETOraは、そのどちらの旅のかたちも自然に受け止めてくれる。
「etSETOra」という名前が示す「その他いろいろ」という感覚は、この列車の旅そのものにも重なっている。すべてを一度で体験しきる必要はない。窓の外を眺め、本を読み、グラスを傾ける。目的に縛られない時間の中で、ふと自分に戻る。
etSETOraは、そんなひとときを受け止める、移動するホテルのロビーのような列車だ。
人、まち、社会の
つながりを進化させ、
心を動かす。
未来を動かす。