SIDE STORY03
「Agawa」での営みを紡ぐ。
海沿いを走る観光列車「〇〇のはなし」。その停車駅・阿川で、わずか10分ほどの停車時間に、濃密な時間が立ち上がります。
列車が到着すると同時に、阿川駅にひらくキオスク「Agawa」には乗客の足音が重なります。事前予約の「Agawaお米サンドBOX」を受け取る人、ドリンクを手にする人、オリジナルグッズを選ぶ人。限られた時間の中で、注文と受け渡しが一気に進み、店内には独特の緊張感と高揚感が満ちていきます。
ほんのわずかな停車時間。けれど、その短さゆえに生まれる濃さが、阿川という駅に特別な輪郭を与えています。
列車の乗客だけでなく、地域の人々の憩いの場としての顔も持つAgawa。この場所はどのように生まれ、どんな思いを重ねてきたのでしょうか。Agawaを運営する株式会社haseの代表・塩満直弘さんと、店長の竹内祥さんに話を伺いました。
代表の塩満さん(左)と、竹内さん(右)
Agawa誕生の背景には、塩満さんの「この土地に新しい価値を育てよう」とする意志がある。萩市出身の塩満さんは、海外生活や宿泊施設の運営などを経て、2013年、萩にゲストハウス「ruco(ルコ)」を開いた。そこで県外から訪れる人々と触れ合ううち、旅の目的地が萩だけではなく、山陰本線沿いを含む広いエリアに向いていることに気づく。「単一拠点ではなく、エリア全体の価値を高める場所をつくる必要がある」。その思いが次の拠点づくりを後押しした。
転機となったのは、友人に案内されて立ち寄った特牛(こっとい)駅で見た風景だった。無人駅に滑り込む山陰本線。「この情景そのものに価値がある」と直感した。駅という場所が持つ力を感じ、無人駅の新たな活用法を構想し始める。
店内に飾られている、かつての阿川駅舎
そんな折、地域の事業者が集まる意見交換会で、JR西日本の担当者と出会う。構想について伝えたところ「それなら何かできるかも」と賛同を得られた。対話を重ねる中で、候補として挙がったのが阿川駅だ。老朽化により解体が検討されていたが、「駅に新しい役割を持たせるべきではないか」という塩満さんの提案が議論を深めるきっかけとなり、駅舎の新設とあわせて、駅の広場にキオスク「Agawa」をつくる計画が動き出した。
地域への説明や行政との調整、コロナ禍による資材遅延など、幾つもの壁を越えながら整備を進め、2020年8月にAgawaはオープン。金土日の営業でドリンクやフードを提供し、メディアで取り上げられたこともあり、萩などの山陰側だけでなく宇部や下関といった山陽側、さらに北九州方面から訪れる人も多かった。その後、2025年夏には、他拠点との兼ね合いなどから、〇〇のはなしの停車時間に限定した土日祝の営業へと形を変え、阿川駅で、濃密な時間をひらき続けている。
新しい駅舎とともに生まれたキオスク「Agawa」
Agawaの店長・竹内さんは、2022年夏に下関市へ移住した。千葉県出身で、長く機械の整備士として働いてきたが、千葉でのまちおこし活動を通じて塩満さんと出会い、交流を続けてきた。コロナ禍をきっかけに自身の働き方を見つめ直す中で塩満さんに連絡を取り、下関で新たに立ち上げるカフェ「UTTAU(ウッタウ)」に誘われたことが、移住の決め手となった。
UTTAUは、観光客だけでなく地元の人々にもひらかれた場として構想された茶屋。大正時代に建てられた茅葺き屋根の納屋を改修し、立ち寄られる方々の存在を自然に肯定してあげられるような空間を目指している。竹内さんは立ち上げ準備の段階から関わり、現在もUTTAUの店長を担っている。
その営みと並行するかたちで、Agawaにも関わっている。異業種からの転身ではあったが、人との縁に導かれながら、新天地での役割を少しずつ広げてきたのである。
角島大橋近くにある、茶屋「UTTAU」
Agawaでの毎日は、手探りの連続だった。まったく異なる職種への転身、土地勘のない環境、地域との距離感。「全部をさらけ出して、ゼロから進むしかなかった」と振り返る。やがて少しずつ地元の人々とも本音で話せる関係が築かれ、協力してくれる人も増えていった。
その象徴が、Agawaで不定期に行われている夜の営業である。回ごとに趣向を変えながら開かれ、地元のお寺の住職が得意料理のうどんを振る舞った夜には、足を運んだ人が通常営業にも訪れるようになるなど、交流の輪が広がった。「家と職場だけでは出会えない人と話せる。それだけでも楽しいし、有意義だと言ってくれるんです」と、竹内さんは嬉しそうに語る。
Agawaは今、地域の人がふと立ち寄り、言葉を交わせる小さなよりどころとして育ちつつある。その変化は、竹内さん自身の歩みと静かに重なっている。
停車時間に合わせて整えられる、Agawaの店頭ディスプレイ
2020年のオープンから5年以上経った今、塩満さんは「Agawaをやってよかった」と話す。廃駅が生まれつつある沿線には、どこか諦めのような雰囲気が漂うこともある。そんな場所に対して、自分なりの意思表示や問題提起ができたことは大きい。収益だけで見れば難しい部分もあるが、Agawaという形で思いを表現できたこと、そしてこの場所で出会った人々が、それぞれに何かを見つけ、感じ取ってくれる瞬間に立ち会えること。それこそが何よりの価値だという。
竹内さんのように、別の場所から飛び込んできた人が新しい役割を見つけることもあれば、地元で暮らしてきた人が、この場所を通じて新たな出会いや時間に喜びを見出す場面もある。地域活性や地方創生といった言葉が語られる中で、実際に手を動かし、形にしていく営みは決して多くない。Agawaは、その実践の一例として、小さな変化を積み重ねながら、次の物語へ向かっている。
列車の時間に寄り添う、Agawa限定の「〇〇のはなし」セット
竹内さんは、今後のAgawaを、誰かが何かをやってみたいと思ったときに試せる場所にしたいという。「クレープを焼いてみたい」と言った地元の高校生に、つくり方を教えたこともある。「自分の『やってみたい』が受け止められ、大人と自然に関わる中で、いろいろな働き方、生き方があるんだと気づくきっかけになれば」と竹内さんは微笑む。
一方、塩満さんは「程よい公共性を保ちながら、地域内外の人との接点を持ち続けたい」と語る。駅はもともと、誰にでも開かれた場所だ。Agawaという装置を通じて、その原点を守りたいという。
阿川駅の小さな店として、地域に寄り添いながら人と人をつなぎ続けるAgawa。その営みはこれからも、地域に少しずつ変化をもたらしていくだろう。そして週末には、〇〇のはなしが再びこの駅に停まる。旅人の時間と、この場所で積み重ねてきた日々が、同じ景色の中で交差する。その重なりの中で、Agawaのはなしは続いていく。
人、まち、社会の
つながりを進化させ、
心を動かす。
未来を動かす。