萩・長門・下関をつなぐ、物語を巡る列車◯◯のはなし萩・長門・下関をつなぐ、物語を巡る列車◯◯のはなし

SIDE STORY02

「車両保守」のこだわりを知る。

支える手
見守る眼差し

山口県西部の海沿いを走りながら、萩(は)・長門(な)・下関(し)を結ぶ観光列車「〇〇のはなし」。その旅を支えているのは、車両の整備や検査に日々向き合う人たちの確かな技術と、細かな変化を見逃さない眼差しです。

下関総合車両所の林さんと日吉田さんは、車両の安全で安定した運行、そしてお客様が心地よく過ごせる車内環境のために、見えないところで保守業務に力を尽くしています。車内のわずかな段差や座席に触れたときの質感、景色が綺麗に見える窓の状態。そうした一つひとつに気を配る姿勢が、旅の時間をより豊かなものにしています。

華やかな観光列車の裏側で、静かに積み重ねられている仕事。その「車両保守のはなし」に耳を傾けます。

1号車の車内で思いを語る、林さん(右)と日吉田さん(左)

生まれ変わる車両、宿る地域の息吹。

「〇〇のはなし」は、かつて山陰本線を走っていた「みすゞ潮彩」の車両を大幅に改造し、2017年に生まれ変わった観光列車だ。萩(は)・長門(な)・下関(し)をめぐる中で、各土地の風景や歴史、文化、食を感じてもらう。そんな「地域の魅力を伝える列車」として構想された。

車内デザインにも、地域性と歴史的背景が織り込まれている。かつて長州藩が西洋文化を積極的に取り入れたことから、1号車は「西洋が憧れる日本」をテーマに座敷席を備えた和風空間へ、2号車は「西洋に憧れた日本」をモチーフに赤張りのソファを配した洋風空間へと整えられた。日本海から響灘、瀬戸内海へと変わりゆく海景を望みながら、和と洋が交差する山口らしい時間を楽しめるつくりだ。

下関総合車両所内で佇む、〇〇のはなし

かたちをつくる、現場の手仕事。

このうち1号車(和風)の改造に携わったのが日吉田さんだ。電気配線から内装や外装まで幅広く担当した。それまでに携わってきた作業は、老朽化した車両を元の姿のまま再現する「体質改善工事」と呼ばれるものが多かった。一方、今回は車両の表情そのものを大きく変える改造。「計画を聞いた瞬間ワクワクしました」と日吉田さんは当時を振り返って笑う。

仲間とともに手を動かし続け、内装材同士の合わせ目にできるわずかな段差を整えたり、山側の開閉する窓に転落防止バーを取り付けたりと、細部にまで気を配りながら形をつくっていった。完成した姿を見たときは「おおっ」という言葉が自然と漏れた。図面で想像していた以上に、車両全体が「地域の物語」をまとっていたからだ。

その後、2017年8月に〇〇のはなしは運行を開始。日吉田さんは2025年6月に検査管理の担当となり、生み出す側から、支える側として今も〇〇のはなしを見守り続けている。

地域の物語を映し出す、〇〇のはなしの外装ラッピング

細部を見つめ、快適を支える。

一方、林さんが〇〇のはなしを初めて目にしたのは、改造が終わってからのことだった。前身である「みすゞ潮彩」の検査に携わってきた経験から、検査や不具合対応、部品交換計画などを担うこととなった。

〇〇のはなしの構想を聞いた段階から、和室を備えた車両の珍しさと、印象的な列車名に心惹かれていた林さん。後にその名前には、「萩(は)・長門(な)・下関(し)をめぐる中で、乗客それぞれが『自分だけの旅のはなし』を持ち帰ってほしい」という思いが込められていると知り、「奥行きのある素敵な名前だな」と感じたという。そして、日吉田さんたちの手で形づくられた車両に足を踏み入れ、車内に満ちたイグサのやさしい香りに包まれた瞬間、「やっぱりいい列車だ」と確信した。

和室をコンセプトに、畳が設えられた1号車

「当たり前」を守る、日々の点検。

現在、林さんと日吉田さんは、ともに〇〇のはなしの保守業務を担っている。観光列車という性質上、一般車両以上に注意を払うポイントは多い。大きな窓から眺める海景は、乗客が楽しみにしているもの。窓にわずかな汚れや傷があるだけで景色の印象が変わってしまうため、清掃会社が週に一度、手作業で丁寧に磨き上げている。

外装のラッピングフィルムも、剥がれを見つければ補修する。座席の木製テーブルにできた小さな削れも見逃さない。以前、アテンダントから「少し引っかかる部分がある」と知らせが入った際には、日吉田さんがすぐに削り、滑らかに仕上げた。怪我を防ぐのはもちろん、服が引っかかったり、触れたときに少しでも違和感を覚えたりしないよう、細かな部分まで整えるようにしている。「小さな引っかかりだけでも旅の心地よさが変わってしまうので、常に気を配っています」と二人は口を揃える。

洋の空気をまとった、2号車の車内空間

止まっても、整え続ける。

〇〇のはなしの歩みには、順風満帆とはいえない時期もあった。2023年6月の豪雨災害で山陰本線が不通となり、約2年3カ月にわたり運休を余儀なくされる状況が続いた。他地域への貸し出しも一時行われたが、萩・長門・下関を結ぶ本来のルートを走れない期間が続いた。

それでも、車両保守の仕事が止まることはない。運休中には、外装ラッピングフィルムの張り替えも行われた。ピカピカの車体が車両基地に佇む姿を見るたび、二人とも「早く日の目を見せてあげたい」と感じていたという。列車は動けず、二人はただ整備し続けるしかない――そんな日々が続いたが、ついに2025年9月、山陰本線の復旧とともに〇〇のはなしは本来の区間での運行を再開した。美しく整えた車両が海沿いを走り出す姿は、二人にとって忘れられないものとなった。

外装ラッピングの細かな状態にも、目を配る保守の現場

変わらぬ姿勢で、新たな旅へ。

困難を乗り越え、再び旅人を迎え入れた〇〇のはなし。その最大の魅力は、大きな窓に映る海景だ。浅瀬の透明なグリーン、果てまで続く水平線、風の強い日に立ち上がる荒波。日本海は天候や季節によって表情を変えながら、乗るたびに違う景色を見せてくれる。特に冬は空気が澄み、海の輪郭や透明感がいっそう際立つと日吉田さんは言う。

車内の魅力にも触れずにはいられない。林さんは、和室空間の心地よさを挙げる。畳に足を伸ばし、大きな窓から海を望むひとときは、この列車ならではの体験だ。若草色の扇風機をはじめ、細部まで空間に調和するよう整えられた意匠が、車内で過ごす時間をより柔らかく、心地よいものにしてくれる。

車両を陰で支え続ける人の存在がなければ、美しい海景も、心地よい車内のひとときも、旅人に届くことはない。そうした見えない温度に支えられながら、〇〇のはなしはこれからも、新たな「はなし」を紡いでいく。

〇〇のはなしを背に立つ、林さん(右)と日吉田さん(左)

萩・長門・下関をつなぐ、物語を巡る列車◯◯のはなし

人、まち、社会の
つながりを進化させ、
心を動かす。
未来を動かす。