山口線に、黒い煙をたなびかせながら走る列車がある。SLやまぐち号だ。その姿は、現代の鉄道風景の中ではどこか異質に映る。しかしそれは、かつて日本の鉄道に当たり前に存在していた姿でもある。SLやまぐち号は、懐かしさを演出するための観光列車ではなく、失われかけた鉄道の時間を、今の風景の中によみがえらせる存在として走り続けている。
昭和40年代、国鉄の近代化・合理化により、全国から蒸気機関車が姿を消していった。山口線でも1973年10月にSLが廃止されるが、その後、復活を望む声がSLファンや沿線市町村を中心に高まり、1979年8月1日、国鉄総裁の決断によって蒸気機関車が山口線に戻ってくる。こうして誕生したSLやまぐち号は、一時的なイベントではなく、「走り続ける列車」として歩み始めた。
新山口駅を起点に、湯田温泉、山口、長門峡を経て津和野へ。全長62.9キロの道のりを約2時間かけて走るこの列車は、地域の風景と歴史を結びながら、多くの人の記憶とともに山口線を進んでいく。SLやまぐち号は、目的地へ向かうためだけでなく、走る時間そのものを旅に変える列車なのだ。
SLやまぐち号の最大の特徴は、保存展示ではない「現役の蒸気機関車」が、今も営業列車として山口線を走っている点にある。C57形やD51形といった蒸気機関車は、かつて日本各地で活躍していたが、現在、定期的に運行されている路線は限られている。しかも山口線は勾配やカーブが続く路線で、蒸気機関車にとって決して走りやすい条件ではない。その中で、SLやまぐち号は今日も変わらず走り続けている。
蒸気機関車の運転は、すべてが手作業だ。火を保ち、蒸気圧をつくり、その力をどう使うかを常に判断しながら走る。天候や気温によって同じ運転は二度となく、山を上る場面では、わずかな判断の差が走りに大きく影響する。だからこそ、列車と向き合う側には、経験と集中が求められる。その走りを支えているのは、機関士と機関助士の連携だ。機関助士が生み出した蒸気を、機関士がどう使うか。互いの動きを感じ取りながら、息を合わせて列車を前へ進めていく。乗客からは見えない機関室の中で積み重ねられる判断と連携が、SLやまぐち号の安定した走りを支えている。
SLやまぐち号が今も現役で走っているという事実は、蒸気機関車そのものの力だけでなく、それを扱う人の技術と経験が受け継がれていることの証でもある。その重みを、この列車は静かに伝えている。
客車に乗り込むと、現代の特急列車とは異なる空気に気づく。木目を生かした内装、ボックスシートを基本とした座席配置、ゆったりとした時間の流れ。35系客車は、SL全盛期に活躍した客車の形状をもとに再現されており、レトロな佇まいと快適性が無理なく共存している。効率やスピードを最優先にしない、かつての旅の感覚が、空間そのものに残されているようだ。
今回乗車したのは、年末の運行最終日。新山口駅のホームには発車前から多くの人が集まり、車内は満席となった。最終日という特別な一日を、この列車で過ごそうとする人の気配が、車内に自然と広がっていく。牽引機はD51形蒸気機関車。現在、SLやまぐち号で運行されている蒸気機関車はD51のみで、この日も「デゴイチ」の愛称で親しまれてきた機関車が、力強く列車を先導していた。
編成には展望デッキを備えた車両もあり、デッキに立つと外の空気や機関車の音、蒸気の匂いがより近くに感じられる。窓越しに眺める風景とは違い、列車が走っているという実感が、五感を通して伝わってくる場所だ。
車内では、山口県立大学の学生による「SLアテンダント」の姿もあった。大正時代の衣装に身を包み、沿線の紹介や記念撮影の手伝いをするその姿は、さりげないおもてなしとして車内に溶け込んでいる。年末運行最終日の車内には、列車と地域、人と人とをつなぐ温度が、静かに満ちていた。
SLやまぐち号の車内は、目的地へ向かうためだけの空間ではない。席に座り、音や匂いを感じ、流れる風景を受け止めながら、走る時間そのものを味わう場所なのだ。

走る時間をより楽しめる、展望デッキ付きの1号車(グリーン車)

懐かしさを感じさせる、紺色の座席が並ぶ2号車・4号車

緑のやさしい色合いの座席が並ぶ5号車
SLやまぐち号が走る山口線沿線に広がるのは、観光用に切り取られた景色ではない。田畑の広がる平野、山に寄り添う集落、川沿いの道。そこにあるのは、人の暮らしが積み重なってきた、ありのままの風景だ。列車の速度がゆるやかな分、景色は流れ去るものではなく、一つひとつが確かな存在として目に留まってくる。
車窓から見えるのは景色だけではない。沿線では、列車に向かって手を振る人の姿が行く先々で見られる。通りがかりに手を振る人もいれば、通過の時間を見越して待っている人もいる。線路沿いには、通称「撮り鉄」と呼ばれる愛好家の姿も点在し、この列車が地域を越えて多くの人に愛されていることが伝わってくる。
途中停車する地福駅では、列車を降りて蒸気機関車を間近に見ることができる。これから続く坂道に備え、機関士たちが石炭を準備し、火にくべていく様子は迫力がある。走行中とは違い、止まった状態で見るSLは、単なる移動手段ではなく、一つの存在として強く印象に残る。
席に戻り、車窓を眺めながら駅弁を味わうのも、この旅の楽しみだ。新山口駅で購入した「SLやまぐち弁当」には、沿線の郷土料理や特産品が詰め込まれている。風景とともに食事の時間が流れていく感覚も、SLやまぐち号ならではだ。
旅の途中で立ち止まり、風景や人の気配に触れる。次へ急ぐのではなく、今いる場所と時間を味わう。その余白を、この列車は自然に与えてくれる。

山口線沿線で、SLやまぐち号に手を振る人々

途中停車する地福駅で、石炭を火にくべる機関士たち

山口線沿線の美味しさを味わえる「SLやまぐち弁当」
列車はやがて津和野駅へと近づく。いくつものトンネルを抜け、最後のトンネルを出た瞬間、視界が一気に開け、津和野町の景色が飛び込んでくる。山に囲まれた盆地に町並みが静かに広がり、列車の音がその空間に溶け込んでいく。その眺めは、列車でたどり着いたからこそ味わえるものだ。SLやまぐち号の旅は、この景色によってひとつの区切りを迎える。
城下町として知られる津和野は、白壁の町並みや水路が残る落ち着いたまちだ。SLやまぐち号は津和野観光の入口として多くの人に利用されてきたが、その価値は単なる移動手段にとどまらない。新山口を出発してから津和野に至るまでの約2時間、その時間の積み重ねが旅となり、町に入ることでようやく「訪れた」という実感が生まれる。駅や沿線では列車を迎え、手を振る人の姿が日常の風景として根付いている。SLが走ることで、津和野は今も外の世界とゆるやかにつながり続けている。
津和野駅到着から復路の発車までは、およそ3時間。町並みを歩き、稲成神社へ足を運び、食事を楽しむには十分な時間がある。主要な見どころが徒歩圏内にまとまっている点も、列車旅と津和野の相性の良さを感じさせる。復路に備え、津和野駅で土産を選ぶ時間もまた、この旅の楽しみのひとつだ。源氏巻などの郷土菓子に加え、「食べるSLやまぐち号 石炭ジェラート」のように、列車そのものを表現した味も並ぶ。

車窓から望む、津和野町の太皷谷稲成神社

「山陰の小京都」と称される、津和野町の街並み

津和野町を代表する銘菓「源氏巻」
夕方に出発する復路のSLやまぐち号は、往路とは異なる表情を見せる。日が傾き、季節によっては夜の気配が漂い始める車窓。途中下車はないものの、沿線では変わらず列車に向かって手を振る人の姿が見られる。同じ路線を走っているはずなのに、行きと帰りとでは、まったく違った印象を残してくれる。
SLやまぐち号は、新しい設備や派手な演出で人を惹きつける列車ではない。蒸気機関車を維持し、山口線を走り続けてきた積み重ねが、そのまま物語になっている。その歩みは過去だけで完結するものではなく、今も、そしてこれからも続いていく。
JR西日本中国統括本部は、貴婦人の愛称で親しまれてきたC57形蒸気機関車が、2026年に山口線で運行する見通しを発表している。山口デスティネーションキャンペーンに合わせ、約6年ぶりに山口線へ戻ってくる予定だ。走行中のトラブルを受けて京都で修理が続けられてきたC57は、試運転を経て、再びこの路線に立つ準備を進めている。
2026年も初夏までは「デゴイチ」が活躍し、秋にはC57が加わる予定だという。時代も車両も移り変わりながら、山口線には再び新しい時間が流れ始めようとしている。
過去を懐かしむためだけでなく、今の山口と津和野、そしてこれからの風景を感じる手段として。SLやまぐち号は今日も、地域と人の思いを乗せながら、次の物語へと走り続けている。

津和野駅で購入できる「食べるSLやまぐち号 石炭ジェラート」

往路と復路の車内で配布される、乗車記念券

夜の気配に包まれ、新山口駅に到着したSLやまぐち号
人、まち、社会の
つながりを進化させ、
心を動かす。
未来を動かす。