尾道市/広島

味わいも見た目も美しく
日常にきらめきを添える
食べる宝石を尾道から

尾道市/広島

岡田 祥嗣_ハンドベル

2025.04.30

広島県東部に位置する尾道市は、瀬戸内海に面したレトロな街並みが魅力の港町です。映画や文学の舞台にもなり、多くの人を惹きつけてきました。

また、温暖な気候を生かし「瀬戸内レモン」の一大産地となっています。特に瀬戸田町で収穫されているレモンは、酸味と甘みのバランスが良く、皮まで食べられる安全性の高さが特徴です。

そんな尾道市で、レモンの新たな楽しみ方を提供しているのが「ハンドベル」です。代表の岡田祥嗣さんは、食品業界で20年にわたり培った豊富な経験と知識を生かし、独創的な商品を開発してきました。その代表作ともいえるのが「瀬戸内レモンジュエリー」です。食卓を美しく彩る新感覚の調味料として、広島県内の高級ホテルやJRの駅構内で提供され、知名度を拡大しています。「今は瀬戸内レモンジュエリーだけで手いっぱい」と話す岡田さんですが、その頭の中には次々と新しいアイデアが浮かんでいる様子です。今回は、尾道市にあるハンドベルの事務所兼工房を訪れ、ハンドベル誕生の経緯や今後の展望についてお話を伺いました。

尾道の港で思いを語る、代表の岡田さん

「まだやれる」42歳で決意した新たな挑戦

代表の岡田さんは、生まれも育ちも尾道市。地元の老舗食品メーカーで20年間営業職を務め、全国各地を飛び回っていた。

そんな岡田さんに、転機が訪れたのは42歳の時。「笑われるかもしれないが」と前置きした上で、起業を決意したきっかけを語ってくれた。そのきっかけとは、広島東洋カープが2016(平成28)年に25年ぶりのリーグ優勝したシーズンに、MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島で観た試合だ。当時、現役だった黒田投手の全身全霊をかけた投球に心を打たれ、「同い年の自分も、まだやれる。新しい自分として、もう一度スタートしたい」と強く感じたのだという。

そして、2019(令和元)年5月、ハンドベル株式会社を設立する。社名の「ハンドベル」には、自身の経験から大切にしてきた「わかりやすさ」への思いが込められている。岡田さんの名は「祥嗣(よしじ)」。幼い頃から、学年が変わるたびに読み方を説明しなければならず、たびたび不便さを感じていたという。そんな原体験もあり、社名を決める際には「一目で読めること」「親しみやすさ」を大切にした。家族とも相談を重ねた末、誰もがすぐに読めて覚えやすい名前として「ハンドベル」に決めた。

さらにこの社名には、神聖な楽器・ハンドベルの響きのように、お客様の心にやさしく響く特別な体験を届けたいという願いも込められている。

岡田さんの地元、尾道の街並み

人工イクラ技術を応用、手探りで始めた試作の日々

設立当初は、前職での人脈も生かし、ちょうど流行していたナッツやドライフルーツを主力商品に決めた。しかし、設立からわずか半年で新型コロナウイルスのパンデミックが発生。出張どころか、外出すらままならない状況となる。さらに、円安の影響から、原料の輸入価格が1.5倍ほどに高騰し、今後の展開が不安だと感じるようになった。そこで、せっかく尾道で育ち、起業したからには、地の利を生かした商売をしたいと考え、創業前から構想を練っていた「瀬戸内レモンジュエリー」の開発に乗り出すことを決意した。

この時、人工イクラの技術はすでに広く知られており、それを見た際に「これをレモン味にして、レモン色にすれば映えるのでは?」と思いついたのがきっかけだ。やると決めてからは、夜な夜なカルシウム水溶液にスポイトで滴下するという作業を繰り返した。人工イクラの技術は家庭でも再現できるほどシンプルな仕組みではあるものの、酸性のレモン果汁を球体に保ち、さらにレモンオイルと2層構造にするのは非常に難しいという。

ある程度形になった後も「完成度をさらに高めたい」「量産するには機械化が必要だ」と感じ、広島国際学院大学の佐々木先生と連携し、技術や製造方法をブラッシュアップした。この技術は特許を取得し、「瀬戸内レモンジュエリー」は商標登録も受けている。完成度の高さから、大手食品メーカーや同業者から「自社の製品に使いたい」「製造方法を知りたい」といった問い合わせも多いそうだ。

人工イクラの技術を応用した「瀬戸内レモンジュエリー」

1か月半で250万円超、支援が自信と責任に変わった

2021(令和3)年に「瀬戸内レモンジュエリー」が形となり、クラウドファンディングに挑戦した。目標金額20万円を大きく上回り、なんと1か月半という短期間で約550名から総額250万円もの支援金を集めることに成功した。この結果について岡田さんは「本当にありがたく感じた一方で、プレッシャーもすごかった」と当時を振り返る。このプレッシャーをバネに、協賛してくれた方々の期待を裏切ることなく、より良い商品を作るという強い決意が固まったそうだ。

また、クラウドファンディングを通じて「瀬戸内レモンジュエリー」の客層が明確になり、その後のマーケティングに大いに役立ったと語る。支援者は全体の7割が女性で、特に40〜60代の食に対して意識の高い方が多かった。このデータをもとにしたプロモーション戦略は、ブランドの成長を加速させるのに大きな影響を与えた。

現在は、オンラインショップだけでなく、県内の老舗ホテルや外資系ホテルなど、名だたるホテルのカフェやレストランでも提供されている。さらに、JR広島駅構内にあるおみやげ街道や東京・銀座にあるアンテナショップ「TAU-ひろしまブランドショップ」でも販売されるなど、着実に販路を広げていることが伺える。

尾道発、全国へ。そして夢は宇宙へ

新商品のアイデアは次々と生まれており、今後は、尾道市の市花・桜や、お隣・福山市で親しまれているバラのフレーバーにも関心があるという。また、活動の場は広島県内にとどまらず、福岡のゆずや岡山のマスカット、京都の抹茶など、訪れた先々で出会った素材をヒントに、新しいフレーバーの展開も視野に入れている。「それぞれの地域に根づいた味わいを通して、その土地の魅力を届けたい」という思いがある。

そして最後に、冗談とも本気ともつかない口ぶりで、こんな夢を語ってくれた。「宇宙食の調味料として、ロケットに乗せてほしいんですよ」─思わず笑ってしまうような一言だが、実は宇宙では液体の扱いが難しいとされており、「瀬戸内レモンジュエリー」のような固形タイプは、案外理にかなっているのかもしれない。

尾道から生まれた小さなアイデアが、日本各地へ、そしていつか宇宙へ。そんな未来を、思わず期待してしまう。

その他にもいくつかの商品を展開している

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