歴史が織りなす
備後から広がる
デニムの可能性
歴史が織りなす
備後から広がる
デニムの可能性
福山市/広島
2026.06.03
備後地域に位置する広島県福山市は、デニム生地の生産量で全国シェア約8割を占める、日本一の産地です。そのルーツは江戸時代にまでさかのぼります。福山藩初代藩主・水野勝成の奨励によって綿花栽培が広まり、やがて日本三代絣の一つとされる「備後絣」が誕生。もんぺや農作業着など、人々の暮らしに寄り添う実用的な織物として発展してきました。
その後、日本人の服装が和装から洋装へと移り変わるなかで、備後絣の需要は減少しますが、培ってきた厚手生地の織布技術や藍染の染色技術を生かし、デニム生地の生産へと移行していきました。現在の福山には、紡績・染色・織布・加工・縫製といった工程ごとの企業が集まり、分業によって高品質なデニムづくりが支えられています。
そんな福山で、備後絣の時代からデニム生地に至るまで、織布を中心にものづくりを続けてきたのが、篠原テキスタイル株式会社です。一般にデニム製品を手に取るとき、多くの人はブランドやデザインに目を向けますが、その生地そのものにまで意識が向くことは多くありません。こうしたデニム生地を生み出している企業が、この福山にあります。
同社の大きな特徴は、「これもデニムなの?」と驚かれるような、一般的なイメージにとらわれない生地づくり。長い歴史で培われた技術力を土台に、柔軟な発想で産地の可能性を広げています。
篠原テキスタイルのこれまでの歩みや強み、そして今後の展望について、代表取締役社長の篠原由起さんに伺いました。
福山・デニムと向き合い続ける、5代目の篠原さん
篠原テキスタイルは1907年、福山で創業した。手がけていたのは、この地の伝統的な織物である備後絣だ。手で織られた備後絣は、主にもんぺとして使われ、人々に親しまれてきた。やがて、時代とともに日本人の服装や市場のニーズが変化すると、同社の手がける生地も少しずつ姿を変えていく。学生服用の生地や輸出向けの織物などを経て、1960年代にはデニム生地づくりを本格化させた。福山の繊維産地全体がデニムづくりへと移行していくなかで、篠原テキスタイルもその一翼を担う存在となっていった。
デニム生地づくりはしばらくの間、紡績会社からの仕事を請け負う形で続いていった。転機が訪れるのは、4代目である篠原さんの父の時代。テンセルやレーヨンといった素材を用いた、柔らかな風合いのデニムづくりを強みに、自社企画の生地を増やしていった。
やわらかさと表情をあわせ持つ、従来のイメージを覆すデニム
こうした流れのなか、2012年に篠原さんは篠原テキスタイルへ入社する。幼いころから家業に触れて育ち、将来はその仕事に携わることを意識しながら大学で経営工学を学んだ。卒業すると大阪の紡績メーカーへ入社し、織布の前段階にあたる紡績について7年間の経験を積んだ。
入社後は、兄弟とともに自社企画の生地づくりをさらに進めていく。従来のデニムのイメージにとらわれず、他社があまり手がけてこなかった風合いや用途を意識して、生地開発を重ねた。その結果、特徴のある生地が増え、自社企画の割合は、現在では全体の約7割を占めるまでになっている。
また、2019年ごろには、デニム生地の製造過程で発生する残糸や、規格外となった生地を活用したアップサイクルブランド「SHINOTEX」を立ち上げた。靴下やトートバッグ、スリッパなどの製品を手がけ、オンラインでの販売もおこなっている。そして2023年、父の後を継ぎ、5代目代表取締役社長に就任。長い歴史のバトンを受け取り、生地づくりを続けている。
残糸や規格外生地を生かし、新たな価値へとつなぐプロダクト「SINOTEX」
篠原テキスタイルの生地づくりの特徴は、一般的にイメージされがちな重くて硬いデニムだけにとどまらない点にある。ジーパンはもちろんのこと、ワンピースやシャツに使われるような軽さや柔らかさを持つ生地、紙のように張りのある生地、さらにはアウトドアシーンを想定した燃えにくい繊維を用いた生地など、用途や風合いの幅が広い。
こうした生地づくりを支えているのが、工場内で今も稼働している旧式の「シャトル織機」だ。緯糸(よこいと)を「シャトル」と呼ばれる部品に載せて往復させながら、ゆっくりと生地を織り上げていく。大量生産には向かない一方で、糸に余計な負荷をかけにくく、柔らかな風合いを持ち、経年変化を楽しめる生地を生み出せる。
また、篠原テキスタイルでは、シャトル織機だけでなく、用途に応じて最新式の織機も取り入れている。糸の太さや柔らかさといった素材の性質に合わせて、自社で調整を加えつつ使われている。こうした対応を可能にしているのが、長年にわたって生地と向き合ってきた経験と技術力だ。
「長年培ってきた現場技術者の経験と技術を土台に、柔軟な発想で商品開発ができる。それが私たちの強みです」と篠原さん。手間暇かけて織り上げた高品質な生地は、国内外のアパレルブランドから高い評価を受け、さまざまな製品に展開されている。
ゆっくりと織り上げることで、風合いを引き出すシャトル織機
篠原テキスタイルは、今後も柔軟な発想でデニム生地の可能性を広げていく考えだ。その一つが、国内のニットやタオル、合繊といった他の繊維産地との協業。それぞれの技術を掛け合わせながら、新しい表情や用途を持つ素材を提案していきたいという。
また、デニムと産地・福山の魅力を発信する活動にも力を入れている。備後エリアで活動するサッカークラブ・福山シティフットボールクラブの選手体型に合わせた移動着の制作や、福山市内の公立小学校に入学する新1年生約3,400名へ福山デニム製トートバッグを贈る「MY FIRST DENIM PROJECT」を実施している。
さらに、福山のデニム関連事業者が企業の垣根を越えて集まり、活動するプロジェクト「デニムのイトグチ」もその一つ。出前授業や産地ツアー、職業体験イベントなどをおこなっている。イベントをきっかけに、染色工場や縫製工場でのインターンを経て、福山でブランドの立ち上げをめざす人が現れるなど、新たな動きも少しずつ生まれているという。
これらの活動を重ねながら、篠原さんが思い描くのは、消費者が「産地」という視点でデニムを選ぶ未来だ。「好きなブランドやデザイナーの服を選ぶように、福山という産地のデニムだから買う。そんな選択肢が当たり前になればうれしいですね」と語る。
長い歴史と柔軟な挑戦を重ねながら、篠原テキスタイルは今日も、産地とともに新しいデニムの可能性を織り続けている。
デニムを選ぶとき、その生地がどこで生まれ、どのように織られたのかに、ふと思いを巡らせてみたくなる。
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