地域と歩み
味わいを育てる
萩発の食文化
地域と歩み
味わいを育てる
萩発の食文化
萩市/山口
2026.06.17
山口県萩市に本社を構える株式会社井上商店は、明治時代に創業し、150年以上の歴史を持つ老舗企業です。卸売業として歩みを始め、時代の変化を見据えて海産物の製造・販売業へと舵を切ってきました。
同社が商品を手がけるうえで大切にしているのが、地域に根ざす姿勢です。代表商品「しそわかめ」をはじめ、いまや全国で親しまれる味の背景には、地域の声や食文化に向き合い、積み重ねてきた挑戦と工夫があります。
5代目代表取締役社長の井上光治さんに、井上商店のこれまでの歩みと商品づくりへの思い、そしてこれから描く展望について伺いました。
地域に根ざした商品づくりへの思いを語る、代表の井上さん
井上商店は1871年、広島県尾道市で創業した。雑貨店を営みながら、山口県萩市などから仕入れた「ちりめん」や「いりこ」といった海産物の卸売を手がけていたという。
1911年には、取り扱っている海産物の産地との結びつきをより強めるため、拠点を萩へと移転する。移転後は、山口や九州を中心に、生産者から直接ちりめんやいりこを買い付ける「浜買い」をおこない、関東や北海道などへと出荷する卸売を展開していった。
事業は広がりを見せていったが、やがて漁業者の減少などを背景に、水揚げ量の先行きに不安が生じるようになる。従来の仕入れと流通を中心とした事業に課題が見え始めたことで、自社商品の開発を決意。1975年、卸売に加え、海産物の製造・販売にも踏み出した。
代表商品「しそわかめ」。井上商店のものづくりはここから広がった
製造業への転換のなかで着目したのが、地域に根付く食文化だった。萩沿岸では、3月下旬ごろから収穫した新鮮なわかめを天日干しし、まだ水分を含んだ柔らかな状態で刻み、ご飯に混ぜるなどして食べる文化がある。この味を商品として届けたいという思いから誕生したのが、代表商品「しそわかめ」だ。柔らかく適度な歯応えのわかめを、しそ、ごま、かつおだしで味付けしたソフトふりかけで、現在では中四国エリアを中心に広く親しまれ、全国でも人気を集める定番商品となっている。
しそわかめ完成までの道のりは簡単なものではなかった。開発に着手した1975年当時、ふりかけといえば乾燥したドライタイプが主流だった。そんななか、井上商店は地域の食文化に由来する柔らかな食感を残したソフトタイプをめざす。水分量の多いソフトふりかけは常温での品質保持が難しく、試作と改良を繰り返す日々が続いたという。
大きな転機となったのは1980年ごろ。脱酸素剤の登場や包装技術の進歩によって、ソフトふりかけを品質を保ったまま流通できるようになり、現在の「しそわかめ」につながる商品として展開できる環境が整った。
しかし、新しい食感のソフトふりかけはなかなか市場に受け入れられず、井上さんの父である4代目は、普及に向けて販路拡大に奔走することとなる。炊飯器を持参してスーパーで試食販売をおこなったり、旅館やホテルの朝食で提供してもらえるよう働きかけたりと、商品の魅力を伝える取り組みを重ねていった。こうした積み重ねにより地元での支持を獲得し、その評価は徐々に全国へも広がっていった。
その後、井上商店は長門市油谷地区に工場を構え、海産物加工品の開発を広げていく。次第に製造業の比率が高まり、事業の軸は卸売業から製造業へと移行していった。
現在のしそわかめと、発売当初の味わいを再現した復刻版
現在、井上商店ではしそわかめのほか、「ふぐぞうすい」や「梅ひじき」など多彩な商品を展開している。こうした商品づくりの起点の一つとなっているのが、地域の人々の声だ。
商品づくりの出発点になるのは、地域の人々との日々のやり取りだ。営業担当が小売店や宿泊施設を訪れるなかで寄せられた声や、消費者から届く要望をもとに、社内で検討を重ね、工場での試作へとつなげていく。例えば、「山口の特産品であるふぐをもっと手軽に楽しみたい」という声から生まれたのが「ふぐ煎餅」。高価なイメージのあるふぐを、誰もが楽しめるかたちで提供している。
また「はもせんべい」は、防府市から寄せられた「地元で水揚げされるはもをもっと広めたい」という要望を受け、防府商工会議所や地元企業と共同で企画した。近年では、こうした地域との連携による商品づくりも増えている。さらに、岩国市の委託事業から生まれたおつまみシリーズ「つまんでちょんまげ」など、地域事業者が手がけた商品の販売・発信にも取り組んでいる。
「私たちは、地元で必要とされる企業を第一にめざしています。地元で支持されない商品を外に出しても、受け入れられるのは難しいと思っています」と井上さん。実際に、井上商店の商品は、地域の人々の口コミや紹介をきっかけに広がってきた側面もある。地域で育まれた価値が、外へ広がる力になる。その考えが、一つひとつの商品に息づいている。
地域の声に耳を傾けながら、商品展開を広げてきた
井上商店の商品は、萩市の本店をはじめ山口県内にある5つの直営店で販売されているほか、全国のスーパーなどでも広く取り扱われている。近年は、DISCOVER WEST mallや自社オンラインショップを通じた販売強化にも取り組んでおり、さらに海外への展開も進めている。現在は、東南アジアやアメリカ、ヨーロッパなど15カ国で展開しており、現地のニーズを探りながら、今後の拡大を見据えている段階だ。
こうした展開を進めるなかでも、井上さんは「まずは地元での価値をしっかり高めていきたい」と話す。地域で培った信頼と実績を土台に、国内での展開をさらに広げ、その先に海外市場を見据えていく考えだ。
創業から150年以上にわたり、時代の変化に合わせて事業のかたちを変えてきた井上商店。その歩みの中心にあるのは、地域とのつながりだった。これからも地域に根ざした価値を大切にしながら、新たな挑戦を続けていく。
地域とともに歩みながら、新たな価値づくりに挑み続ける

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