呉市/広島

はちみつの記憶を和菓子に宿し
受け継ぎ、変えていく菓子づくり
和菓子文化を未来へつなぐ

呉市/広島

明神 宜之_蜜屋本舗

2025.07.09

瀬戸内の穏やかな海と、歴史ある造船の街並みが息づく広島県呉市。1951年にこの地で創業したのが「蜜屋本舗」です。商品のほとんどにはちみつが使われており、「蜜饅頭」や「みつどら」など、素材のやさしい甘さを生かした和菓子は、地元の人々に長く親しまれてきました。

今回お話を伺ったのは、取締役専務の明神宜之さん。三代目の兄・明神政之さんとともに、創業当時から受け継がれる味を守りながら、時代のニーズに応える多彩な商品づくりに取り組んでいます。2012年には「旬月神楽」を立ち上げ、自由な発想で和菓子の可能性を広げてきました。和菓子にあまり馴染みのない若い世代にも足を運んでもらえるようなお店をめざし、革新的な品々を次々と展開しています。

変わらない美味しさと、挑戦する姿勢。その歩みをたどることで、蜜屋本舗の和菓子づくりに込められた思いと、これからのかたちが見えてきました。

「旬月神楽 白島工房」店内で語る、明神宜之さん

「蜜屋」の名に込められた、はちみつの記憶

広島県呉市で長く愛されてきた和菓子店「蜜屋」。その創業者は、明神さんの祖父にあたる人物だ。高知県出身の祖父は、戦後に呉市へ移り住み、かつて高知で培った和菓子づくりの経験を生かして、自らの店を立ち上げた。

当時は砂糖が貴重な時代。比較的手に入りやすかったはちみつを使って菓子をつくるうちに、「蜜屋」という屋号が自然と定着していったという。

「小さい頃から和菓子が好きで、和菓子職人になるのが夢でした」と語る明神さん。その思いを胸に、東京製菓学校で和菓子づくりの基礎を学び、卒業後は銀座の老舗和菓子店「銀座 甘楽」などで修行を重ねた。その後、家業に戻り、和菓子職人としての道を歩んでいる。

2010年には、日本菓子協会東和会が主催する和菓子技術競技会において、年間を通して最も優れた技術者に贈られる「年間最優秀技術会長賞」を受賞。その腕前も高く評価されている。

三代にわたって受け継がれてきた伝統の味と家族の思いは、今も変わらず、蜜屋本舗の和菓子に丁寧に息づいている。

「蜜屋本舗」の代表的な商品「蜜饅頭」

伝統の美味しさに、新しい声を重ねて

蜜屋本舗では、伝統を守るだけでなく、時代とともに変化する顧客の声にも耳を傾けながら、日々和菓子づくりに取り組んでいる。コンセプトの中心にあるはちみつは、現在では砂糖よりも高価な原料となったが、主力商品のほとんどに使用し、その配合量も一般的な和菓子店より多い。一部の商品には、宮島産の百花蜜(さまざまな花から採れたはちみつ)を使い、広島土産としての付加価値も高めている。創業当初から一貫してはちみつを前面に打ち出すことで、他店との差別化を図りながら、既存のファンの期待にも応え続けているのだ。

ただし、時代の移ろいとともに変化するニーズに目を向けなければ、商いは長く続かない。明神さんは「作りたいものを作って、それが売れるのが理想だが、そう簡単にはいかない」と語る。例えば、団子ひとつとっても、世代によって好まれる食感が異なる。そうした違いに応えるため、各店舗のスタッフから寄せられる声にも耳を傾け、細やかに調整を重ねているという。

実際に、スタッフの声から生まれた商品もある。その一つが、チーズとドライフルーツをはちみつ入りの生地で包んだ饅頭「広島まんまるチーズ」だ。駅構内には「饅頭」と名のつく銘菓が多く並ぶ中、「特徴のある商品を」という現場の要望に応えるかたちで誕生した。販売開始以来、売れ行きは好調だという。

広島駅でも販売されている「広島まんまるチーズ」は、お土産として人気

和菓子をもっと自由に、もっと身近に

2012年、蜜屋本舗から誕生した新ブランド「旬月神楽(しゅんげつかぐら)」は、より多くの人に和菓子の美味しさ、そして文化を広めたいという思いから立ち上げられた。店内にはイートインスペースも併設され、その場で和菓子やドリンクを楽しむことができる。

旬月神楽では、王道の和菓子に加え、日光の天然氷を使ったかき氷や琥珀糖など、幅広い層に響く商品を意欲的に展開している。蜜屋本舗の本店がある呉市は、昔からの常連客として比較的高い世代の顧客が多いが、明神さんは「若い世代や子どもたちにも和菓子の魅力を知ってほしい」という思いを抱き続けてきた。そこで、若年層に人気のあるスイーツを通して来店のきっかけをつくり、和菓子に親しんでもらえるよう工夫している。また、比較的日持ちする蜜屋の商品も取り揃えることで、贈答や土産のニーズにも応えている。

商品開発においては、「普遍的」であることよりも「変化」への対応を重視。お客様が今、何を求めているのかを見極め、それを商品に反映している。例えば現代の嗜好として、よりインパクトのある味わいが好まれる傾向を受けて、旬月神楽のかき氷では従来の素朴なシロップではなく、ピスタチオやフレッシュフルーツを取り入れ、濃厚でリッチな味わいを追求している。

また、新たな商品づくりを提案する場として、東京をはじめとする人口密集地での催事を積極的に活用しているという。和菓子の伝統を大切にしながら、固定概念にとらわれず、自由な発想で楽しむ。そこにこそ、旬月神楽が描く「これからの和菓子」の姿がある。

和菓子文化を未来へつなぐために

6月の「水無月」やお彼岸の「おはぎ」のように、日本には季節の行事に合わせて和菓子を楽しむ風習がある。しかし現代では、そうした文化が次第に薄れつつあり、「水無月」というお菓子自体を知らない人も少なくない。和菓子関連のイベントも減少し、盛り上がりに欠けるのが実情だ。

明神さんは、そうした現状を少しでも変えたいと願っている。和菓子の魅力や意味を、「広島にもっと深く根付かせたい」そんな思いから、まずはかき氷のような親しみやすいスイーツを入り口に、蜜屋本舗や旬月神楽の和菓子を味わってもらい、「美味しかったから誰かに贈りたい」と思ってもらえるきっかけづくりに力を注いでいる。そうして、人から人へと和菓子の輪が自然に広がっていく未来を思い描いているのだ。

また明神さんは、他県の和菓子店での指導や監修にも携わっており、後継者育成にも積極的に関わっている。上生菓子を扱うお店が減少するなかで、和菓子業界全体を支える貴重な存在となっている。

現在、旬月神楽では、JR西日本が運行する観光列車「etSETOra(エトセトラ)」にて、予約販売されている和菓子スイーツ「瀬戸の小箱~和~」を提供している。季節に合わせて桜をモチーフにするなど、四季の趣を大切にした意匠が随所に凝らされており、旅のひとときをより豊かに彩っている。

これからも、四季の移ろいとともに、人と人の心を結ぶ和菓子が、蜜屋本舗から生まれていくだろう。その一品一品に込められた美味しさを、これからも味わっていきたい。

予約販売》観光列車「etSETOra(エトセトラ)」で提供されている和菓子スイーツ「瀬戸の小箱~和~」

旬月神楽 白島工房

〒730-0002 広島県広島市中区白島中町4-16 地図を見る

TEL/082-512-3288
営業時間/9:00~17:00
店休日/毎週火曜日

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