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農業高校で教師を務めた代表の
こだわりが詰まった手造り工房
「農多」の歩みと今後の展望

平生町/山口

伊藤 邦彦_株式会社 農多

2024.03.12

田布施駅から光上関線(県道23号)を経由して車で7分ほど。閑静な住宅街の一画に「株式会社 農多」の工場があります。併設直売所の「手造り工房 のーた」では山口県産の食材を加工した甘酒やジュース、シロップなどを販売。原料となる米や野菜は近隣の耕作放棄地を利用して自社栽培されたものです。

代表取締役社長を務める伊藤邦彦さんは、かつて田布施町の農業高校で教鞭をとっていました。そこで現在につながる農産加工のノウハウを身に付けるとともに農家の実情を目の当たりにしたことが、農多を立ち上げるきっかけになったといいます。これというアイデアを思い付いたら動かずにはいられない性格と自己分析する伊藤さん。これまでの歩みや生産・加工に掛ける思いを伺いつつ、今後の展望についても語っていただきました。

背景の耕作放棄地は開墾予定の地

農業高校で培った知識を生かして起業

伊藤さんが教師になったのは自動車整備士を5年間務めた後のことだった。母校である地元の農業高校から誘いを受けて教員免許を取り、その後27年にわたって農産加工の実習を担当することとなる。生徒と共にジャムなどの加工品を製造。日本酒造りを学べる日本で唯一の高校でもあったため、酒類醸造にも取り組んだ。

農産加工の工場を作ろうとアクションを起こしたのは52歳のとき。かねてより規格外野菜の扱いについて農家の人たちから相談を受けており「最後は農家さんの役に立ちたい」と会社を立ち上げた。自社栽培の原料を使った商品も欲しいと耕作放棄地を活用して田んぼを整備。近くの古民家を買い受けて畑も作った。

現在は午前中に加工を行い、午後は田んぼや畑の仕事をしている。特に畑には手が掛かるが「うちの野菜はね、美味しいんです。化学肥料や農薬を使わないから」と胸を張る。関連のノウハウはもちろん、外に出て野菜を育てる楽しさや清々しさも教員時代に知った。

手掛けた米や野菜はすべて加工したうえで提供する。加工すれば少々形が曲がった作物なども無駄にならないためだ。また、農多ならではの「青果に付加価値を与えた商品」を扱いたいとも考えている。最初に加工の構想があり、そこから一次産業である農業を始めたのは珍しいパターンといえる。

創業時から人気の、米と米麹だけで作られた「あまざけ」

素材の味が引き立つ商品を製造

農多が初めて作った加工品の一つが甘酒だ。農多の甘酒は酒粕に砂糖を混ぜるのではなく、米と米麴だけでできている。米だけでなく米麹も伊藤さんが自ら作る。農業高校で培養について学んだ「麹のプロ」たる伊藤さんだからこそ可能な製法といえる。

5種類のトマトジュースも最初期から手掛けている。材料となる品種によって色が異なるトマトジュースは見た目にも楽しい。トマトジュースに始まり、現在は季節ごとにラインナップを変えながらさまざまなジュースやシロップを取り扱う。着色料や保存料は使用しない。余分なものはゼロ。シンプルな材料で素材そのものの味が出るように仕上げるため、その味わいは年によって変わる。

そのひと手間を掛けて山口から本物の味を発信

農業高校での経験を生かして生産・加工に取り組んできた伊藤さん。農多を始めて一番苦労したのは三次産業に当たる流通・販売の部分だったという。農多の商品を知ってもらうためにさまざまなイベントに出店。併せて周辺の道の駅で販売を開始した。

まずは知ってもらい、口にしてもらう。次第に面白い商品があると聞きつけたホテルなどからも取り扱いたいとの声が届くようになった。現在、農多の商品は山口県下の道の駅などに加え、広島・瀬戸内の高質食品セレクトショップ「アバンセekie広島駅店」でも買い求めることができる。山口県の厳選した食材で作った「本物の味」は県外にも広がりをみせている。

農多が選ばれる理由について伊藤さんに伺うと「そのひと手間を掛ける」ことを惜しまないからではないかとの答えが返ってきた。さまざまな産業で機械化が進むなか、農多は直売所の名前にもあるとおり「手造り」にこだわっている。食材の皮むきから瓶詰めまで、ほとんど手作業で丁寧に作り上げる。奥様や地元の人たちも農多で働き、こだわりの商品を展開する一翼を担う。

農多を共に切り盛りする奥様と一緒に

アイデアを形にしながら歩み続ける

実直な姿勢で生産・加工に向き合いながら今後の展望を大きく描くことも忘れない。現在は畑を備えた古民家をリノベーションして農家レストラン・農家民宿をオープンしたいと構想中だ。伊藤さんの尽力もあって田布施町全域が「どぶろく」特区に認定されていることも後を押す。どぶろく作りを楽しみながら畑の野菜を使った美味しい料理に舌鼓を打つ。そのような施設を作りたいという。すでに古民家は用意してある。かつて養蚕業が営まれていたという高台の大邸宅だ。中はまだ何もない状態だが堂々たる梁や建具の装飾などから歴史と趣が感じられる。外の畑では伊藤さんが植えた作物が育っている。こちらの古民家が今後どう変貌を遂げるか、いやが上にも期待が高まる。

耕作放棄地の更なる開墾にも着手するところだ。農多の工場と古民家の間にある広大な土地をこれから再生していく。実際の場所を見てみると余りの面積に驚く。畑として利用するまでにはかなりの労力を要しそうだが、まだ荒れた土地を歩く伊藤さんの表情は力強かった。

他の農家から規格外の果物などを受け入れて加工を担っていることもあり、現状の事業も長く続けていきたいと考えている。そのうえでより広く農多の商品を発信し、地元に新たな賑わいの場も設ける。「夢よ、壮大」と語る伊藤さんのアイデアがどのように形となっていくのか、今後も注目したい。

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