周南市/山口

純米酒を貫き
四季醸造で醸す
決意の酒「原田」

周南市/山口

原田 康宏_はつもみぢ

2026.05.20

山口県周南市は、江戸時代に毛利藩の支藩・徳山藩の城下町として栄えました。その時代に酒蔵として創業し、この地で200年以上酒と向き合い続けてきたのが、株式会社はつもみぢです。

時代の流れのなかで、酒づくりを休止し、桶買いによる販売をおこなっていた時期もありました。しかし2005年、12代目蔵元・原田康宏さんの決断により、再び自らの手で酒を醸す道を選びます。純米酒と四季醸造にこだわり、新たに生み出したのが「原田」です。家名を冠したこの酒は、はつもみぢの再出発を象徴する存在となっています。

はつもみぢのこれまでの歩みと、これからの展望、そして原田をはじめとする酒づくりに込めた思いに迫ります。

酒づくりへの決意と、その歩みを語る蔵元の原田さん

酒づくりから桶買いへ

はつもみぢの創業は、江戸時代後期の1819年。毛利藩の支藩・徳山藩の城下町として栄えた地、現在の周南市に蔵を構えた。1898年には「初紅葉」と名付けた酒が生まれ、地域に根ざした酒蔵として歩みを重ねていく。

しかし1945年、周南は空襲により一面焼け野原となる。酒蔵も全焼したが、戦後に再建され、酒づくりはその後も続けられた。やがて海軍燃料廠跡地(かいぐんねんりょうしょうあとち)にコンビナートが形成され、まちは工業都市として発展。1960年代半ばから1980年代前半にかけて繁華街が広がり、蔵の周囲も飲屋街へと姿を変えていった。

1970年代以降、日本酒の消費は減少し、ビールの需要が高まっていく。こうした時代の流れのなか、1985年にはつもみぢは酒づくりを休止。ビールをはじめとした他社の酒を仕入れ、繁華街を中心に販売する「業務用酒販」へと移行した。

200年を超える歴史を物語る、蔵の歩みの記録

もう一度、酒を醸す

原田さんがはつもみぢに入社し、家業に携わり始めたのは、桶買いが続いていた1995年のこと。折しもバブルが崩壊し、周南の繁華街は勢いを失いつつあった。さらに価格競争も激化し、経営は厳しさを増していく。「自分たちで手がけていない酒には、どうしても愛着が持ちにくかった。価格競争が激しくなるなかで、そんな酒が売れるわけがないですよね」と原田さんは当時を振り返る。

こうした状況のなか、父のすすめで出場した利き酒大会で、原田さんは優勝する。しかしその実績が新聞に掲載されると、読んだ人から「利き酒ができるのに、なぜ自分が納得できる酒をつくらないのか」と投げかけられる。この言葉を受け、「酒をつくる環境も、利き酒の力もあるのに、自分は何をしているんだろうと」と悔しさとともに自問するようになった。

さらに山口県で飲まれている日本酒のうち、県内産が3割にも満たない現実も知る。自分が本当にうまいと思える酒をつくれば、地元の人にも受け入れてもらえるはず。そう考え、原田さんは、もう一度酒を醸すことを決意した。

そこから広島の酒類総合研究所で学び、2005年に酒づくりを開始。以降、代表銘柄である原田を中心に、四季醸造の純米酒を展開していく。さらに2023年には、酒蔵と併設する形で、日本酒やスイーツを提供する「HARADASA KABA」をオープン。酒との新しい出会いの場を生み出している。

純米酒と四季醸造から生まれた、再出発を象徴する一本

素材の力を、そのままに

現在のはつもみぢが手がける酒は、すべて純米酒だ。醸造アルコールを加える、いわゆる「アル添」はおこなわず、「山田錦」や「西都の雫」などの山口県産米を使い、錦川源流域・鹿野地区の清らかな水で仕込んでいる。「アル添に反対というわけではありません。ただ、日本酒は本来、米・米麹・水でつくる酒。自分の手で醸す日本酒に、別につくられたアルコールを加えることはしたくなかったんです」と原田さん。酒づくりを再開するにあたり、迷うことなく純米酒のみと決めた背景には、素材の力をそのまま引き出したいという思いがあった。

はつもみぢの酒づくりを語るうえで、もう一つ欠かせないのが、1年を通して仕込みをおこなう四季醸造だ。一度に大量に仕込んで寝かせるのではなく、小さなタンクで少量ずつつくり、できた酒を新鮮な状態で出荷している。桶買いの時代、在庫として酒を抱え続けるなかで、時間の経過とともに味が落ちていく状況を見てきた。だからこそ、「できたての酒を届けたい」という思いがあった。四季醸造は、そうした経験から導き出された選択であり、できたてに近い味わいを常に届けることを可能にしている。

代表銘柄は原田。桶買いを経て途切れていた酒づくりを再開し、原田家の本来の姿であるつくり酒屋に立ち返る――決意を込めて付けられた名だ。ラベルに記された「原田」の文字は、「原」のなかを泉のように表現し、そこから滴る水が「田」へと流れていくようにデザインされている。良い水が田を潤し、良い米を育て、うまい酒へとつながる。水と米を大切にするはつもみぢの酒づくりを象徴している。

その味わいは、米のうまみがしっかり感じられ、料理とも合わせやすい。実際に飲んだ人からは「飲みやすい」「食事と一緒に楽しめる」といった声が聞かれるという。

つくり手にやさしい蔵

はつもみぢの大きな特徴の一つである四季醸造。多くの酒蔵は冬場に1年分の酒をまとめて仕込むが、四季醸造では年間を通して仕込みを重ねていく。1年中手をかける必要があるため、休みがとりにくい印象を持たれがちで、つくり手のあいだでは負担の大きい製法と捉えられることも多い。

しかし原田さんは、必ずしもそうではないと話す。冬場だけの仕込みでは、最盛期に泊まり込みで作業をおこなうこともある。一方、四季醸造であれば作業が特定の時期に集中せず、無理のないペースで酒づくりを進めやすい。また一度につくる量を少なくできるため、力作業の負担も比較的抑えられる。

実際、はつもみぢの蔵人は女性が多い。「性別に関係なく、蔵人たちには自信を持って酒づくりをしてほしい。四季醸造はそのための土台にもなると考えています」と原田さん。その言葉には、杜氏として、酒と同じようにつくり手一人ひとりを大切にしたいという思いがこもっている。

酒をきっかけに、人と人がつながるひととき

日本酒を、次の世代へ

はつもみぢの酒は、県内外の酒販店などを通じて全国へ届けられている。また近年では、海外への輸出に加え、自社オンラインショップやJR西日本の公式オンラインショップ「DISCOVER WEST mall」での取り扱いもある。こうした広がりの背景には、地元・周南に根ざしながら、各地の飲み手にもうまい酒を届けていきたいという原田さんの思いがある。

さらにもう一つ、原田さんが力を入れているのが、若い世代に日本酒について知ってもらうための取り組みだ。実際に、大学で講義をおこない、その魅力を伝えている。日本酒に触れるきっかけそのものが少ないなか、まずは出会う場をつくることが大切だと考えている。

はつもみぢは城下町の一角で生まれ、時代に翻弄されながらも、もう一度酒づくりを取り戻した。そしていま、目の前の酒と向き合いながら、日本酒を未来へとつないでいる。

代表の原田さん(左)と、その長女である醸造部の渡邊さん(右)

HARADASA KABA

〒754-0014 山口県周南市飯島町1丁目40 地図を見る

TEL/0834-21-0075
営業時間/13:00~19:00
店休日/日・祝日

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