周防大島町/山口

手塩にかけた一粒が未来を育てる
素材を引き立て、人を照らす塩
周防大島発・龍神乃鹽の挑戦

周防大島町/山口

村上 雅昭_龍神乃里

2025.08.20

周防大島中央部の南側に工房を構える製塩所「龍神乃里」。眼前に広がる立岩ヶ浜の海水を使用して平釜で丁寧に炊き上げたクラフトソルト「龍神乃鹽(りゅうじんのしお)」を手掛けています。人の手によって丁寧に雑味を取り除いた塩はまろやかでクリアな味わい。単に塩味を加えるのではなく、素材本来の味わいを引き立ててくれる点が特徴です。

今回お話を伺ったのは合同会社龍神乃里の代表を務める村上雅昭さん。ゴ・エ・ミヨに掲載された和会席店「クレスト・オブ・ザ・ウェイヴ立岩」のオーナーシェフでもあり、龍神乃鹽の監修と製塩にひとかたならぬ情熱を注いでいます。加えて地元の高校生たちと協働する「夢塩プロジェクト」の活動を進めるなど、青少年の育成をめざす取り組みにも注力。龍神乃里の歩みや塩の魅力を掘り下げていくと、未来志向で妥協なきアクションを起こし続ける村上さんの思いも見えてきました。

立岩ヶ浜の浜辺で語る、代表の村上さん

恩師の言葉から始まった塩づくり

周防大島の歴史ある活魚料理店に生まれ、立岩海水浴場の前にクレスト・オブ・ザ・ウェイヴ立岩を開業した村上さん。あるとき恩師と慕う人物より、店のすぐそばにある海水を生かして塩作りを始めてはどうかと勧められた。すでに料理人として高い評価を得ていたが、かねてより抱いていた「社会のために何かしたい」という思いを原動力に一念発起。収益を志ある若者の支援に充てると誓い、塩作りを始めた。

やると決めたからには中途半端なことはできないと意気込みながら、当初は海水を炊き上げればすぐに塩が完成すると考えていた。そうしてできた塩を県内の先駆者に披露したところ、「どのような塩を作りたいのか」というコンセプトをもとに、味や成分のバランスを整えて仕上げていくものだと教えられたそうだ。ハッとした村上さんは理想の塩を追い求めて研鑽を開始。にがりの調整などに苦心したものの、初めて塩を炊いてから2年ほどの月日を経た2019年7月に龍神乃鹽の発売に至る。

代表の村上さんは、「クレスト・オブ・ザ・ウェイヴ立岩」のオーナーシェフでもある

素材本来の味わいを引き立てる塩

単に塩味を加えるのではなく、素材本来の味わいを引き立て、塩と素材が織りなす余韻まで楽しめる塩を。そんなコンセプトのもと、村上さんが文字どおり手塩にかけて完成させたのが龍神乃鹽である。料理人としての矜持を胸に試行錯誤を重ねた結果、感覚的に「これはいける」と納得できる塩が仕上がったという。光を浴びるとキラキラと輝いて香りもいい。龍神乃里は今もなお、あのとき生まれた塩づくりの思いをそのままに、変わらず作り続けている。

龍神乃鹽を最初に取り入れたのは村上さんと交流があった周防大島の洋菓子店とベーカリー。発売後ほどなくして、龍神乃鹽を隠し味に使用した。その後も島内を中心に取り扱い店が増加。半年後には評判を聞いた料理人らが県外からも訪れるようになる。SNSなどで積極的にアピールしたわけではない。「誠心誠意仕事に取り組んで良いものを作っていれば、きっと商品は広まっていく」という村上さんの考えどおり、龍神乃鹽の需要は徐々に高まっていった。

手塩にかけて完成した「龍神乃鹽」

分岐点となった「てみてプロジェクト」

取り組み当初より「身近に感じられる塩を作りたい」という思いも強かった。採算度外視で丁寧に塩を仕上げて着実にファンを増やしながら、2022年にはJR西日本と事業者が共同で地域活性化をめざす「てみてプロジェクト」に参画。食材によって製塩方法に調整を加えた「凪塩(なぎしお)シリーズ」を打ち出した。力強い塩味と旨味が肉料理に合う「凪塩 YAKINIKU(ヤキニク)」など、おすすめの用途を明確に提示することによって使いやすさを意識。日常の食卓に寄り添いながらいつもの一品をワンランク上の逸品に昇華してくれる凪塩シリーズは「龍神乃鹽オンラインショップ」やDISCOVER WEST mallにて買い求めることができる。

素材の味を引き立てる塩という軸は一貫している。村上さん自身もさまざまな組み合わせを試すなかで「これは美味い」と思わず唸ってしまうそうだ。ちなみに、龍神乃鹽は時間が経つほど美味しさが増すのだとか。「空気中の水分によって味の角がやわらぎ、より丸みのある味わいへと変化していくことが分かりました。龍神乃鹽は時間が経てば経つほど美味くなる。これはもう確信を持って言えますね」と力を込める。奥深い塩の魅力をぜひ堪能したい。

「てみてプロジェクト」を契機に誕生した凪塩シリーズ

若者の挑戦を応援する塩づくりのかたち

地域活性化を支える青少年の育成に寄与したいという強い思いは「夢塩プロジェクト」として一つのかたちになった。2023年度に実施したプロジェクトでは、周防大島の高校生が主体となり、龍神乃鹽と山口県の特産品を使った「龍神乃鹽飴~The 瀬戸内のダイヤ~」を開発。協働に際しては「ビジネスの前にまず人として」との理念を掲げ、企画立案はもとより生産者との打ち合わせや営業活動といった全工程を高校生が担うことにこだわったそうだ。

夢塩プロジェクトの活動は村上さんの価値観にも大きな影響を与えたという。プロジェクトに関わった高校生から「あの経験で人生が変わった」と言葉を掛けられ、塩作りだけでなく企業の社会的責任についても、より深く思いを巡らせるようになった。今の自分があるのはさまざまな出会いや経験のおかげと考えていることから、日本の文化や風土に合った教育機会の創出に意欲的な村上さん。引き続き事業展開の延長線上に人材育成を据えて、幅広い分野で活躍する若者たちを下支えしたいと考えている。

なお、The 瀬戸内のダイヤは現在も大好評発売中。県内各地の特産品を使った5つのフレーバーが1袋に詰まっており、山口県の魅力を美味しく再発見できるのも嬉しい。

周防大島の高校生と協働して誕生した「龍神乃鹽飴~The 瀬戸内のダイヤ~」

塩づくりの先に思い描く未来

村上さんは恩師に塩づくりを勧められたときから、いずれは塩の収益によって皆が集える学びの場を運営するとともに、給付型奨学金の制度を整えたいと考えていた。当時の思いは今も変わっておらず、10年後の実現を見据えている。「龍神乃里の取り組みを見て、あの規模感の企業にできるのであればと、刺激を受ける人たちが出てくることも期待しています」とも語ってくれた。大きな目標に向けて、より広く龍神乃鹽の魅力を発信していく。

目標を実現するには、「良い塩を育てる」という姿勢に加えて、マーケティングにも注力していく必要がある。しかし、生産量を増やすことで塩の味が落ちるような事態は避けなければならない。今後は他の生産者たちとタッグを組み、より付加価値の高い商品を提案するなど、塩の質を担保しながら事業拡大を図りたいそうだ。未来への願いを乗せて炊き上げられていく龍神乃鹽。周防大島の豊かな海と、生産者の思いに心を寄せながら、その特別な味わいを楽しんでみては。

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