慶応元年創業
しなやかに取り組む
伝統の継承と再構築
慶応元年創業
しなやかに取り組む
伝統の継承と再構築
防府市/山口
2024.07.17
山口県防府市の大道駅から徒歩3分ほどの場所にある「光浦醸造」。1865(慶応元)年の創業以来、味噌や醤油といった伝統的な調味料を作り続けています。一方で乾燥レモン付き紅茶「フロートレモンティー」など、時流を先取る新機軸の商品を提案。本店の隣で自家製酵母ベーカリー「ebb&flow」を営んでいるというのも特徴の一つです。
光浦醸造工業 株式会社の代表取締役を務める光浦健太郎さんは8代目。若くして家業を継ぐと、培われてきた伝統やこの地ならではの味を守りつつも、より広い視野を持って事業展開や商品開発に注力してきました。そのしなやかさの根底にある思いとは。光浦醸造の現在地や今後の展望も含めてお話を伺いました。
光浦醸造の麦味噌とフロートレモンティー
幼い頃から家族で切り盛りする醸造所を手伝っていた光浦さん。東京農業大学の醸造学科を卒業すると、ごく自然な流れで家業に従事することとなった。他にやりたいこともなかったそうだ。いずれにしても後継者不足により暖簾を下ろす同業者も多い中、先代の父は継いでくれるだけで儲けものとばかりに喜んだという。
最初の3年ほどは淡々と味噌作りや配達業務をこなした。仕事について深く考えることもなかったが、次第に目にするようになった同世代の活躍が自身の姿勢を顧みるきっかけとなる。山口県内でアクションを起こす人たちの存在を知り、すぐに足を運んでコンタクトを取るように。以降、切磋琢磨しながら仕事に取り組んだ。一歩踏み出すごとに新たなコミュニティーと繋がっていける。この点は地方ならではの良さだと光浦さんは言う。
インターネット黎明期にホームページ制作の面白さを知ったことも大きな出来事だった。関連の大手企業を訪れてインターネットの魅力を伝えられると、独学で醸造所のオンラインショップを開設。そこに掲載したいと写真も学んだ。驚くべきバイタリティだが、もともと行動力があるタイプではないと自己分析する。それでも「ここだという場面や琴線に触れた瞬間には、ドキドキしながらもアクションを起こしてきました」とのこと。自ら動くことでさまざま気づきを得たことが、現在の光浦醸造を形作っていった。
古くからあった料亭を改装した本店社屋
刺激を受けた光浦さんが最初に開発したのはゆずポン酢しょうゆ「ぽんぽん山」やかつおと昆布が香る本格白だし「まほうだし」といった商品だ。その後も醸造所を盛り立てたいと幅広い新商品をプロデュースし、調味料選手権などでも高く評価された。また、パッケージのデザインも自ら手掛けるように。自社の商品をより自信を持ってアピールしたいと、ものづくりの全工程に関わっていった。
これまでにない取り組みを進める一方で、受け継がれてきた味噌そのものを加工することはなかった。味噌の一番良いところは地域性。そう考える光浦さんは山口県に根付いた麦味噌を作り続けることにこだわった。人口が多い関東圏や関西圏で主流となっている米味噌を作ることもできるが、それでは味噌の持つ地域性が失われてしまう。味噌作りに特別な思い入れがあるからこそ、味噌を不自然に加工しての事業拡大は目指さない。光浦さんが「味噌は伝統的な調味料としてすでに完成したもの」と敬意を持ってとらえていることもあり、味噌は触らなかったという。
取材は開店前のベーカリーで
とはいえ従前の事業に取り組むだけでは会社を安定的に続けることが難しい。変化のスピードを増す時代の中で伝統を守るためにも、何か別の商品を生み出す必要があった。そんな折に目を留めたのが山口市の老舗メーカーが手掛ける乾燥機だ。同級生の実家という縁から高い技術を誇る食品用乾燥機の存在を知り、ドライレモンティーとティーバッグがセットになったオリジナルレモンティーの開発を思いついた。
数あるフルーツからレモンを選んだのは感覚的なときめきを大切にしたからだという。レモンの持つ清々しいイメージや人目を引くビジュアルを打ち出しつつ、お茶とセットで提供すれば魅力ある商品ができると考えた。当時は輪切りの柑橘ドライフルーツ自体がめずらしかったこともあり、展示会で紹介すると瞬く間に話題に。アイデア勝負で仕掛けたが乾燥させたレモンは苦味・酸味が出にくく美味しいレモンティーが楽しめると、味の面でも好評を博した。
光浦さんが異業種の立場だったからこそ常識にとらわれることなく生み出せたと振り返る、お茶とレモンが一体になった「フロートレモンティー」。今や光浦醸造の主力商品にまで成長を遂げた。磨かれた技術はドライレモンに一つずつ飴を流し込んだ「キャンディレモン」シリーズにも生かされている。光浦さんが手ずから仕上げるキャンディレモンも味わい・見た目共に他にはない逸品だ。
光浦さんが手ずから仕上げるキャンディレモン
「もともと広く浅く何でもやりたがる性格なんです」と語る光浦さんだが、さまざまな商品を手掛けながらも守り続けているテーマがある。それは「シンプルな組合せで作る」ということ。味噌もレモンティーも限りなくシンプルに仕上げていく。味噌と同じ発酵食品という切り口から立ち上げたベーカリーについても、素材に目を向けたシンプルな作り方にこだわっているそうだ。変わらない理念の時代に合った形を模索しながら、光浦醸造は歩み続けている。
そんな光浦さんのスタンスに先代が苦言を呈したことなどは一度もないという。光浦さんが30歳のときに代表を交代したあとも会長として醸造所を支えているが、レモンティー作りに着手した際にも「おお、そうか」と楽しそうに受け入れてくれた。「こういう業界に身を置く者として同じように振舞えるかといわれたら自分には難しい」先代の度量の広さも光浦さんを後押ししている。
さまざまな商品がラインナップされている
現在、多彩な商品の数々はベーカリー内にある物販コーナーに加え、光浦醸造オンラインショップでも買い求めることができる。近年はフロートレモンティーをきっかけに味噌を手に取る方も多いのだとか。光浦醸造の味噌をより多くの人に知ってもらい、使い続けてほしい。当初からの思いが間接的なアプローチによって叶えられた形だ。
悪い意味で迎合することは避けながら、光浦醸造の商品を広く届けていきたいと語る光浦さん。強くしなやかな挑戦がどのように結実していくのか。今後も既存の枠にとらわれないアイデアによって周囲を驚かせてくれそうだ。
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