岩国市/山口

この土地の水と米と人
五橋に託した思いを醸し
次の時代へ橋をかける

岩国市/山口

酒井 秀希_酒井酒造

2026.03.18

清流・錦川に架かる錦帯橋。その5連のアーチは、日本三名橋の一つに数えられ、岩国市の象徴として人々を魅了し続けています。江戸時代の創建以来、度重なる流失と再建を経てきたその歴史は、「流れない橋を架けたい」という人々の願いと挑戦の軌跡そのものです。

この橋にちなんで名付けられた日本酒「五橋」を中心に酒づくりをおこなうのが、酒井酒造株式会社です。創業150年余り、山口の水と米、人にこだわりながら醸造を続けてきた同社は、伝統を大切にしつつ、時代の変化に応じて新商品の開発にも挑んできました。その進化し続ける姿勢は、たびたびの改良を経て現在に至った錦帯橋の歴史とも重なります。

今回は、酒井酒造の歩みとこれからについて、代表取締役社長の酒井秀希さんにお話を伺いました。

五橋の魅力を語る、代表の酒井さん

水と食が育てた個性

1871年、酒井酒造は山口県岩国市に創業した。以来、6代にわたり一貫してこの地で酒づくりを続けている。

代表銘柄の「五橋」は、錦川に架かる5連の反り橋「錦帯橋」を由来として名付けられた。かつて「山は富士、滝は那智、橋は錦帯」と称された優美な姿にちなみ、人と人との心の架け橋になる酒でありたいという願いが込められている。

五橋の味わいを生み出すうえで欠かせないのが、仕込み水だ。酒井酒造が用いるのは、製造場内の井戸から汲み上げた錦川の伏流水。硬度1.6の「超軟水」で、柔らかくまろやかな口あたりが、酒に穏やかな輪郭を与える。一方で、軟水はミネラルが少なく、酵母による発酵がゆるやかになる。そのため、つくり手には工夫が求められる。この水に向き合い、軟水ならではの醸造法を積み重ね、芳醇でありながらも辛口寄りな五橋の風味が育まれていった。

山口では、古くから芳醇な日本酒が生み出されてきた。その背景には、この土地の食文化があるという。比較的温暖で、北国に比べると塩分が控えめな優しい味わいの料理が多く、風味に膨らみのある酒がよく合うのだ。五橋もその流れにある。芳醇さと辛口のバランスが、長く地元の人々に愛されてきた理由の一つだ。さらに、1947年の全国新酒鑑評会で1位を獲得したことをきっかけに、全国にも知られるようになり、今では岩国を代表する日本酒の一つとなっている。

蔵を代表する一本「五橋 純米大吟醸 錦帯」

土地の力が支える酒づくり

酒井酒造では、仕込み水だけでなく、原料の米も、つくり手も地元にこだわっている。

その象徴の一つが、2015年に立ち上げた農業生産法人「五橋農纏(ごきょうのうてん)」だ。「酒づくりは米を知ることから」という考えのもと設立され、蔵人自らが山田錦や雄町の栽培に携わっている。原料米は、1996年より山口県柳井市で続く山田錦の契約栽培米に加え、五橋農纏が育てた米を使用。いずれも山口県産であり、土地の風土を映す酒づくりを支えている。

人材も同様だ。地域の気候風土に寄り添う酒を醸すには、その土地を熟知した人が最適という考えから、杜氏をはじめとする蔵人はすべて山口県出身者で構成されている。

こうした水・米・人をすべて地元で揃える姿勢は、酒井酒造が長年かけて育んできた酒づくりの核でもある。ワインの世界には、土地の個性そのものが味わいを形づくる「テロワール」という考え方があるが、酒井酒造もまさに同じ発想に立っている。「この土地の水で、この土地の米を、この土地の人が醸すからこそ地酒なんです」と酒井さんは語る。そうした姿勢が、酒井酒造の酒に一貫した個性を与えてきた。

柔軟な発想が生む新しい味

岩国市にはかつて十数軒もの酒蔵があったが、今残っているのはわずか5軒だ。酒井酒造が選ばれ続けてきた理由の一つは、伝統の味わいを守りながらも、時代の変化に応じて柔軟に酒づくりを進化させてきた点にある。

日本酒を取り巻く環境は時代とともに大きく変化してきた。海外の料理が一般的になり、味の嗜好が多様化する一方で、若い世代を中心に酒離れも進んでいる。こうした中で、日本酒には従来の味わいを大切にしながらも、より幅広いスタイルが求められるようになった。

酒井酒造では毎年20種類近い試験醸造を重ね、その中から磨き上げた酒を新商品として世に送り出している。試験醸造は若い蔵人たちの自由な発想に委ねられている部分も大きい。「まずはつくってみて、味をみてから判断する」という柔軟な姿勢が根づき、アイデアが生まれやすい環境が整っている。

その取り組みの象徴として挙げられるのが、「五(ファイブ)シリーズ」だ。江戸時代から続く木桶生酛(きおけきもと)づくりをベースに、現代的な感覚を取り入れて展開しているシリーズで、6種類それぞれのロゴカラーにより酒質や季節感を表現している。

中でも人気を集めているのは、3月~6月限定で登場する「ピンク」。華やかな香りを引き出す酵母を用いた純米大吟醸生原酒で、ほのかなガス感と軽やかな飲み口が特長だ。視覚的にも印象的な一本として、日本酒を飲み慣れない層を中心に支持を集めている。

伝統的な味わいを守り続けてきた酒と、五シリーズのように現代的な感覚を取り入れた新しい酒。伝統と革新の両立は、酒井酒造の大きな強みだ。

REDとYELLOW、五(ファイブ)シリーズの通年商品

広がる舞台、続く挑戦

酒井酒造の日本酒は、山口県内を中心に、広島や東京など県外にも広く流通している。また、近年では「DISCOVER WEST mall」をはじめとするオンライン販売にも力を入れており、今後はさらに強化していきたいという。酒屋の数が減り、消費者の買い物がオンラインへと移行する中で、直接商品を届けられる販路の重要性が増しているためだ。

また、海外展開にも積極的に取り組んでいる。アメリカ、東南アジア、ヨーロッパなどへすでに輸出しており、今後さらに市場が広がる可能性を感じている。人口が減少する国内とは対照的に、海外では日本酒の認知度が高まりつつあり、新しいファン層と出会える余地が大きい。

そうした海外市場を見据え、挑んでいるのが古酒づくりだ。「日本には、日本酒を古酒として楽しむ文化が根づいてきませんでした。でも、ワインをはじめとして、熟成という価値観が浸透している海外なら、日本酒の古酒にも大きな可能性があります」と酒井さんは力強く話す。古酒は、どのタイミングで味のピークを迎えるか読みづらく、一部を開封して利き酒しながら熟成の進み具合を確かめている。決して簡単な取り組みではないが、これまでも進化を恐れず歩み続けてきた酒井酒造にとって、古酒づくりもその延長線上にある試みだ。

挑戦を重ねながら磨かれてきた錦帯橋のように、酒井酒造もまた、150年を超える歴史の上に次の時代への橋を架けようとしている。伝統と革新が織りなすその歩みは、これからも岩国の風景の一部として静かに、そして力強く続いていく。

OTHER STORIES

その他の物語

もっと見る

人、まち、社会の
つながりを進化させ、
心を動かす。
未来を動かす。