デニムと田んぼの二足の草鞋
山口・萩発「かっこいい農業」
KAMITAMARICEという挑戦
デニムと田んぼの二足の草鞋
山口・萩発「かっこいい農業」
KAMITAMARICEという挑戦
萩市/山口
2025.09.17
山口県萩市の北部に位置する上田万(かみたま)地区。そこを流れる田万川(たまがわ)は、古くから「命の泉」と称され、今も変わらず人々の暮らしを支えています。
その田万川の恵みを受けて、お米のブランド「KAMITAMA RICE」を展開しているのが、大協テックス株式会社です。実は同社、大阪に本社を構える衣料用生地(繊維)の企画・販売会社です。
なぜ大阪の生地会社が、遠く離れた山口県萩市で米づくりに取り組むことになったのでしょうか。その背景には、社員の1人である原 尚豪(たかひで)さんの強い思いがありました。萩市にある事務所と水田を訪ね、原さんの農業に対する思いやKAMITAMA RICEの魅力についてお話を伺いました。
萩市吉田町にあるオフィスで語る、原さん
原さんは萩市で生まれ育ち、大阪の大学に進学した。卒業後は山口に戻り、食品会社に就職。しかし、もともと服が好きだったことから、次第にアパレル業界への転職を考えるようになった。そんな折、偶然目にした大協テックスの求人に、「大好きな服の素材となる生地づくりに関わりたい」と心惹かれ、入社を決意する。2014年の入社後は、大阪本社で生地について学び、企画・デザイン・製造依頼・営業を一貫して手がけるようになる。2018年には、自ら定めた売り上げ目標を達成し、節目となる成果を上げた。
ちょうどそのころ、国内の繊維業界は安価な海外製品に押され、厳しい状況が続いていた。こうした背景のもと、社内では社員が新規事業を提案する「イノベーションアワード」が開催される。そこで原さんが提案したのが、「アパレル×農業=かっこいい農業」を掲げて、地元・萩市で農業事業部を立ち上げ、米づくりに取り組むという構想だった。
農業に着目するきっかけになったのは、かつて萩市で米づくりをしていた祖父の「やればやるほど赤字になる」という言葉だった。改めてその意味を問い直したとき、「祖父のお米は美味しかったのに、儲からない日本の農業の仕組みはかっこ悪い」と感じたという。自分で美味しいお米をつくり、価格を決め、個人や企業に思いを伝えながら直接届ければ、利益を生み出せると考えたのだ。
出身地である萩市上田万地区にある、約10ヘクタールの農地
思いを込めた原さんの提案だったが、全く畑違いの業種であることや利益面での不安などから、すぐには認められなかった。それでも諦めず、何度もプレゼンを重ねながら準備を進めていった。米づくりには、農地や農機、栽培技術が必要。そのいずれも持ち合わせていなかったが、地元で米づくりをする人たちに声をかけ、「本気でやるから」と頼み込み、なんとか1.4ヘクタールの農地を確保。栽培技術のアドバイスも得られることになった。トラクターやコンバインなどの農機は、かつて祖父が使っていたものを活用することにした。
そして、最初の提案から約1年後の2019年2月、従来の生地の仕事も続けることを条件に、ついに農業事業部の立ち上げが認められた。原さんは大阪から萩市へ移住し、生地づくりと米づくり、2つの仕事を両立する生活が始まった。
「アパレル×農業=かっこいい農業」を掲げていた原さんは、自社で取り扱う機能性の高いデニムパンツを履いて農作業に取り組んだ。実はこのデニム、同社が生産したものではなく、仕入れ先でもあり販売先でもある取引先と共同で開発したアイテム。もともとデニムはリーバイスに代表されるように、強度の高さから作業着として用いられてきた歴史がある。原さんは、その特性に着目。「使い込むほどに表情が変化するデニムだからこそ、農作業という日々の繰り返しのなかで、その味わいがより深まるはず」と考えたという。さらに、作業着としての機能性を追求し、強度や快適性に優れた糸を用いた現代的な仕様に仕上げた。
そんな姿に、当初は「本当に続けられるのか?」と心配する声も周囲から上がったという。それでも地道に努力を重ねる原さんの姿勢は、少しずつ周囲に伝わっていった。次第に「何か困ったら言えよ」と声をかけてもらえるようになり、やがて高齢などの理由で農業を続けるのが難しくなった農家から、農地の活用を相談されることも増えていったという。こうして預かる農地は年々増え、現在では約10ヘクタールにまで拡大している。
「かっこいい農業」を意識したコーディネイトで作業に励む
現在、KAMITAMA RICEでは、コシヒカリ・ミルキークイーン・きぬむすめの3品種を主に生産している。いずれも、甘味と粘り気が強く感じられるのが特徴。原さんによれば、その美味しさの理由は水と土にあるという。古くから「命の泉」と称され、人々の暮らしを支えてきた田万川の水を用い、火山の名残をとどめる恵まれた土壌環境で、化学肥料を最小限に抑えて栽培している。
きちんと利益を出せる農業の仕組みを目指し、販売は自社オンラインショップとふるさと納税を通じた消費者への直接販売が中心。毎年完売を重ね、リピート率は92%を誇る。実際にKAMITAMA RICEを食べた人からは、「もちもち、ピカピカ、甘い」「今まで食べた中でも特に美味しかった」といった声が寄せられている。
こうした嬉しい声を受け、原さんは「農業はしんどいことも多いが、それ以上に可能性がある」と感じているという。始めたころに比べ、今では米づくりに対する自身の技術や知識も格段に高まっている。しかし、自然を相手にする米づくりは、毎年同じ方法が通用するわけではない。特に近年は、気温の上昇をはじめとする急激な気候変動の影響が大きく、その難しさを実感しているそうだ。それでも、丁寧に育て、信念を持って届けることで、きちんと利益を生む農業の仕組みを、少しずつ形にしつつある。
毎年売り切れとなる、「KAMITAMA RICE」3品種
自社オンラインショップやふるさと納税を通じた消費者への直接販売により、着実に利益を生み出してきた原さん。一方で、地域の農家の中にはそうした販路を持たず、せっかく美味しいお米をつくっていても十分な対価を得られていないケースもある。原さんは今後、そうしたお米を買い取り、飲食店などに直接届けることで、生産者にきちんと利益が還元される仕組みをつくりたいと考えている。
また、萩市の稲作農家は他地域と比べても特に高齢化が進んでおり、農業を担う世代の減少は深刻だという。かつての政策的背景も相まって高齢化の波が押し寄せるなか、近年は気温の上昇も顕著で、このままいけば10年後、20年後には休耕地が急増し、地域の農地そのものが衰退しかねないと危機感を抱いている。
だからこそ、原さんは農業の新しいあり方を提示したいと考えている。「農業=かっこよくて、きちんと稼げる」というイメージを広く浸透させ、若い世代が憧れを抱いて参入したくなるような仕組みをつくりたいというのだ。さらに、「萩にはスタイリッシュに農業に取り組む集団がいる」と思ってもらえるような、地域に根ざした魅力的な農業モデルの確立も目指している。
「アパレル×農業=かっこいい農業」というコンセプトについても、原さんは次なる展開を視野に入れている。萩市では高齢化によって増加している休耕地を活用し、コットンを育てて生地に加工し、アパレルブランドに提案して製品化する構想を描く。「これまでは、かっこいい服を着て農業をしてきました。これからはそれに加えて、農業そのものから、かっこいい服を生み出していきたいんです。生地の仕事と農業、2足の草鞋を履いてきたからこそ、できることがあると思っています」と原さんは力強く語る。
食と衣、米と綿。それぞれの分野を行き来しながら、原さんの挑戦は地域と農業の未来に、また新たな可能性を描こうとしている。
その他の物語
人、まち、社会の
つながりを進化させ、
心を動かす。
未来を動かす。